AI・VRの近未来における構造・構造設計者
The behavior of structural fields and structural designers against the emerging technology of AI/VR is a touchstone for the future of architecture and cities. The most important partner for AI is the “structure designer”, not the designer. The structural field will not disappear in the system of VR architecture theory, of course, it is also a new field for structural designers.
下記に寄稿させて頂いた読み物のWEB版です(同じ内容,読みづらくてもすみません)。
1章「はじめに:構造設計者は建築・都市の今後を占う試金石」
情報技術台頭の波を象徴的に受けた代表例に「将棋界・棋士」があります。一説によると「AIによる社会・人の変化を観察する社会実験」だったとも言われ,筆者は「構造分野・構造設計者」は建築・都市分野における「将棋界・棋士」に該当すると考えています。つまり,早くから情報技術を高度に活用させる中で「技術と人」に関わる議論を深めている構造・構造設計者が,AI・VRという萌芽的技術に対してどのように振る舞うか,それは建築・都市の今後を占う試金石ととらえています。そのため,筆者は構造の門外漢ですが,構造分野・構造設計者の動向に強い関心があります。期せずして執筆の機会を賜りましたこと,改めて御礼申し上げます。
筆者は大学で「建築情報学」の研究と教育に従事しています。研究テーマは「建築家をコロス,建築もコロス」です。つまり「人や人の暗黙知のAI化,建築に限らない物質世界の情報化及び情報世界との融合」に強い興味を持っています。書面をお借りして活動を紹介させて頂きたい所ではありますが,活動の多くは研究室WEBで公開しておりますので紹介(宣伝?)はWEBをご覧頂くこととし,この原稿ではご依頼頂いた「AI・VRの近未来」というテーマに対して,「建築情報学がさらに進化した近未来における構造・構造設計者」について,AI・VRに関する研究に挑戦する身として所感を記させて頂きます。
構造を専門とする方と雑談する中で,時折「構造・構造設計者は情報技術の進化により代替される」という冗談交じりの予見をお聞きします。もちろん,本意ではないかと思いますが,そうだとしても,「建築家をコロス,建築もコロス」を掲げて建築情報学の可能性を盲目的に追い掛ける立場からすると非常に違和感があります。なぜなら「構造設計者」は建築行為の中で最後まで情報技術により代替され難い分野であり職域であるととらえているからです。これは「日本建築構造技術者協会」から執筆をご依頼頂いたゆえの世辞ではありません。しかし反面,必要とされ続けても,これまでと同じ価値観のままでは,分野の飛躍,「構造設計者」の能力や活躍の場の拡張の望みは薄いです。次章以降ではこう考える理由についてAI・VRと分けて記します。
2章「AIと構造設計者:AIというもの言わぬ棟梁」
筆者は「人とAIの共創」というテーマを掲げてデザイン分野でAIの研究を行っています。「人とAIの共創」と聞くと「AIと意匠設計者」を想像される方が多いですが,AIにとって最重要なパートナーは,意匠設計者ではなく「構造設計者」であると感じています。つまり,構造設計者はDeep Learningを基盤とするAIによるデザイン進化の最重要人物であり,建築行為に関わる職域が代替により不要になるとすればその時期は最後であると考えています。この意図の後述に必要となる前提がDeep Learningの課題です。
Deep Learning を基盤とするAIにおいて,現在の主課題に「人間には学習した内容の読解が極めて困難」という点が挙げられます。設計主体の建築物に対する保証・責任は構造分野であれば,最適化理論・構造シミュレーション技術の進化の中でAIブームに先行して議論されていることかと思います。これはDeep Learning を基盤とするAIであっても同様,残念ながらさらに深刻化します。
上述の深刻さを敢えて楽観的に考えると,AIによって代替されづらいとされがちな計画分野は,構造分野ほど深刻ではないと考えることができます。それは元々,審美性や計画論的な評価が曖昧だからです。保証される度合いが弱いとも言えます。有名建築家が設計主体でもその審美性や計画的な性能の優位性を設計主体が保証する,という考えは構造分野に比して弱いのではないでしょうか。これは,そもそも保証できる性質なのか,評価方法が不明瞭であることに起因していると考えられます。もちろん,意匠設計者が無責任に設計している!という意味ではありません。しかし,評価が曖昧で難しいゆえに,保証するという考えが弱いと感じています。保証という性質が曖昧ならば,評価・選定については代替の可能性は十分あります。例えば集合論的な評価による代替です。しかし,構造分野は「皆が安全と思っているから」という集合評価によって保証・責任を代替することは極めて困難であり不適切であるはずです。このように考えると,意匠設計者・構造設計者,ともに「提案を考える」という役割が建築行為において弱まる可能性はあれど,「選定して保証する」という役割においては,意匠設計が代替されることはあっても構造設計者が不要になることは考えづらいのではないでしょうか。つまり,AIの設計を世に送り出すには「構造設計者」というパートナーが必要,ということです。これが,構造設計者はAIによるデザイン進化の最重要人物であり,代替により不要にあるとすれば最後と考えている理由です。
次に,構造分野の更なる発展の契機としてのAIの可能性です。筆者には何が発展を意味するか分かりません。しかし発展の余地があるとし,AIをその契機とするには,構造分野に限らず向き合い方の工夫が必要です。上述のAIにとって最重要なパートナーになる意味でも同様です。
まずは「姿勢」です。AIが提案してくる構造デザインを「説明できないから」という理由で無碍にしないという構造設計者としての姿勢です。萌芽的な技術の活用に際してこのような姿勢はこれまでも同様に重要だったかと思います。しかし,計画分野でDeep Learningを基盤とするAI活用を模索する筆者の肌感覚としては,AIを始めから拒絶する考えも根強いです。この肌感覚から,AIを構造分野の発展の契機とするには,ドメインに関する知識と経験に基づく嗅覚・挑戦心がより強く必要になると思われます。構造分野に限りませんが。
次に,AIが提案する構造デザインを「評価する技術と知識」です。AIが提案する構造デザインには既存の考え方では評価が困難な構造デザインや,既往の構造シミュレーションに入力が困難な構造形式があるでしょう。しかしそのような提案こそ,革新の可能性の種です。それは言語化・共有されづらくとも存在している「歴史的建造物」に込められた「職人の高度な暗黙知」に近いかもしれません。これが興味深い研究対象であるように,言わばもの言えないAIの代弁者,AIの提案を人間が理解可能な方法で評価・説明する能力を持った構造設計者の存在が,AIをパートナーとすることによる分野の発展に必要です。
3章「VRと構造設計者:安全な構造は必要ないが構造設計者が必要である。」
VRは構造的な制約が無い仮想世界です。空間をデザインする上で安全性を検討する必要は全くありません。そのため仮想世界に構造設計者は必要ありません。とてもシンプルに考えればこのような結論に至ります。「安易に考えれば」といってもいいかもしれません。VR版建築理論を志す筆者は安全性を検討する必要が無くても「VR版建築理論の体系において構造分野は無くならない,当然(むしろ?),構造設計者にとっても新たな活躍の場でもある」と感じています。安全な構造物を生成する最適化プログラムは不要だが,構造を設計する人間は必要,ということです。分かりづらい主張と思います。また筆者が考える構造設計者の役割は現実世界と少し異なります。この主張の意図を説明するために少し仮想世界について紹介します。
ここでいう「VR」とは,HMD(Head Mounted Display)を使って没入する仮想世界です。極めて自由で高い没入感が注目されるVRですが,VR世界は「現実世界で認知の大部分を形成した人間がその認知を持ち込む異世界」です。つまり「感覚不一致」が生じる世界です。その代表例はHMDを使った際の酔い(VR酔い)です。VR酔いの原因には視覚と感覚の不一致が多数報告されています。またxR分野には「身体所有感・運動主体感の喪失」が生じる可能性を示唆する研究報告があります。これは,現実世界と乖離し過ぎた世界に長時間没入して刺激を受け続けると,自らの身体を所有しているという認知,運動に対する主体感覚が希薄になる,という報告です。臨床心理分野において,自身の身体が自身の身体でない,という乖離感覚は望ましくない精神状態であり,極度に乖離した状態は解離性障害とよばれる疾患であるともされています。
このような観点から「仮想世界は自由であるがある程度は現実世界の延長とし,現実世界を感じさせる要素をデザインに持ち込んだ方がよい」と考えることができます。現実世界を構成する無数の要素の中から,筆者は「重力感と安定感」をVR世界にある程度持ち込んだ方がよいと感じています。「重力」は現実世界の人間全てが感じる要素です。その重力が存在していることを示唆する「重力感」と,仮想空間のVR酔いにもつながる感覚不安を感じさせない「安定感」のデザインという意味で新たな構造設計者の活躍の場がVRにはあると考えています。そしてこの構造デザインにも現実世界での知識と経験が有用であり,現実世界の構造理論をある程度持ち込むことが有用でしょう。しかしその程度はまさにVR版建築理論の研究課題です。よろしければVR版構造理論に着手されてはいかがでしょうか?
4章「おわりに」
冒頭に記したように,早くから情報技術の活用が高度な構造・構造設計者が,AI・VRという萌芽的技術にどのように振る舞うか,それは建築・都市分野の試金石ととらえています。構造のことは全く分かりませんが,構造・構造設計者(研究者)の皆さまがどのように萌芽的技術に向き合うのか,興味を持って注視させて頂きます。
“日本建築構造技術者協会の会報誌の「structure」 No.156 2020年10月号” への1件のフィードバック
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